建築を楽しく語り合う会
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仮想都市2010:宣言
どこまでか建築ということに興味がある。

 昨今、世界は激動である。それに対応するかのように建築家も守備範囲が広くなっている。プロダクトデザイナーに進む人もいれば、広告業界、コンサルタントディレクターになる人もいる。それらは広く見れば建築というジャンルにくくられるのかもしれない。僕は建築という守備範囲の界隈に興味がある。

 さて現代の人々のコミュニケーションの形態もかなり変わってきている。それは1990年のwwwの誕生、携帯端末の出現から人々は物理的接触なしにコミュニケーションをとることが容易になった。2010年現在それらはまた革命を起こそうとしている。

 代表的なのはmixiなどに代表されるSNSの出現と世の中への浸透である。個人がアカウントを持つプラットホームが誕生してからwwwの活動はより生活に近くなった。例えば通勤電車の中や授業中にでも人々は暇さえあればケータイをチェックしwwwの世界に没頭する。そこは現実ではない世界、仮想現実である。2010年twitter全盛期の今、よりコミュニケーションはwwwの中においてもリアルタイムになっている。身体的になっていると言ってもいい。それが今の人々の情報源になっていることは間違いがなく、昔は本がその役割を果たしていたことを今や携帯端末が肩代わりしているのである。またスマートフォンの登場というケータイからポータブルPCへの人々の意識の変化も見逃せない。ディバイスの変化としてもスマートフォンの登場は革命的だろう。これはこの世の中の流れを加速させる方向に進ませることに貢献することを信じて疑わない。まだwwwの登場から20年しか経っていないのである。

 wwwが繁栄したのはプラットフォームの構築であったからである。今やwwwというプラットフォームなしでは人々は生活できない。それと同じようなことが今、GoogleやWikipedia,Amazonなどにも見られる。すなわちプラットフォームの構築において世界征服である。これらの特徴として誰もがそこを土壌に活躍できることがあげられる。それはすなわち集合知へとつながる。集合知とは個人が全体であり全体が個人である。どちらにとっても有益でこの波に乗らないと時代に乗り切れないという恐怖さえある。2010年このような事実が今、普通の人々にも当たり前のように浸透している。

 このような流れが加速している今、人々はどこに行こうとしているのか。それは映画や小説などの昔からあるSFが予期している様な気がする。手塚治虫の「火の鳥 未来編」では世界はもはや5つの大都市が地下に存在し地上に降り立つことはできない。そこであった唯一の娯楽は宇宙生命体ムーピーによるムーピーゲームというものである。これは仮想現実空間を示唆している。また1999年映画「マトリックス」、2009年3D映画初となった映画「アバター」,同じ年上映された映画「サマーウォーズ」などどれも仮想現実の物語である。その世界観は見る者を圧倒した。

 2003年、リンデン・ラボ社が発表した「セカンド・ライフ」はその世界をまさに実現しようとしている。この世界では自分自身の分身(アバター)が自由に動き回り、セカンド・ライフの中では実際のお金が流通し本当の世界とはまた違った社会を仮想的に作りだしている。セカンド・ライフはそのシステムの複雑さ、未完成さによってまだ日本には浸透していない。が、それをシンプルにコピーしたものとしてサイバーエージェントが2009年「アメーバピグ」を発表した。もともとブログサービスの付随ということ、シンプルなチャットのみのシステム、可愛らしい世界観から利用者は日本の中で激増、今や会員数は120万人を突破している。これはもう一つの「都市」である。しかしアメーバピグよりもセカンド・ライフの方が将来的には伸びていくだろう。それはプラットホームの自由度が全く違うからだ。

ここまでで言えることは仮想現実の世界は今後大きな発展をしていくことには間違いがない。人が集まるということはそこが仮想現実だとしてもそこには都市ができる。もしそこに都市ができるのであれば建築家としてそこに介入していくことは不可能だろうか。いや可能だと思う。仮想現実でも都市は都市である。むしろ身体的障害がなくなりそこには本質のみが残るといえるかもしれない。コンテンツとでも言おうか。そこに現れる風景は現実空間とはかけ離れた全く新しい世界である。

さて、ここで現実空間に話を戻す。私自身NYに行った体験から都市構造が単純がゆえに都市は表層的になると同時に扱いやすくなり、むしろ人々は人間らしく振る舞っていたような気がした。それは仮想現実世界でも同じことが、いやより顕著に言えるのではないだろうか。また現実空間の都市にはもちろん歴史、都市構造があってそれがその都市に個性を与えている。場所性、身体性というのは我々が人間である以上切り離すことはできない。この様な場所性、身体性と言うのは仮想現実空間において果たして歴史、都市構造が役に立つのだろうか。はたまた全く違うものが代わりの役目を果たすのだろうか。そもそも必要なのか。それを検証するためにも現実の都市空間を本質的に見直す必要がある。それが、それこそが建築家として仮想現実に向き合う姿勢の様な気もする。
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公共空間と生活
セントラルパークのみならず、マンハッタンには多くのポケットパークが、都市の中のオアシスのように点在する。また、近年高層ビルの足元を解放するビルが出現し、都市はますます市民に開かれる。
NYに行き、公共空間で過ごす人々の行動に興味を持った。

<高層ビルの足元>
Edward L. BamesのIBMビル、AT&Tビル(現ソニー・プラザ)、SOMのレバーハウス、Zion and Breen Asso.のベイリー・パークを見る。
人々の様子を見ていると生活の一部をそこで過ごしていることがわかる。

丸の内ではオフィスビルのパブリックスペースを利用する人は9割以上会社員であるように見える。パブリックと言っていても一般市民が使えるレベルではないのだ。
この違いは一体何なのか?
・時間を過ごすための装置がある(カフェブース・ファーニチャーなど)
建物の箱としてのデザインよりも、おいしいカフェブース・植栽・ファーニチャーのデザインやその内容がNYの方がよい。楽しく明るい。
・スケールの問題
日本は要求に対してスケールが小さいと思う。ケチケチしているという感覚。

なぜNYが高層ビルの足元を面白くすることに成功できたのか。
それは法律とお金の問題が絡む。
・ビルの足元を市民に解放したら上にスペースのボーナスがもらえる法律ができたことで、足元を解放するビルが増えだしてきた。(法律がビルの輪郭を作る)
・誰が誰の金でやっているのかがはっきりしていて、その金持ちは大金持ちではなく超大金持ち。そしてその超大金持ちがセンスのある人間にやらせる。まるでニューヨークが自分の持ち物であるかのようにポーンと作ってしまう。

市民の意見が場所を作り出すというより、一部の人間がつくり市民がそれにノってくる。デザイナーはそれほど先見性やセンスがある。

<肩の力を抜ける場所>
ワシントンスクエアに行った。
最高に楽しい。ここでも公園での時間を生活の中に組み込んでいる。それもごく自然に。
晴れていて気持ちのよい場所だった。ただ広いだけでなく子供向けと犬向けのエリアが小さくできている。
ここでのポイントは
・ファーニチャーと配置の距離感。
・飲み物を飲める出店があること。また、公園の周りに安くておいしいコーヒーやベーグル類がある。
・ミュージシャンなどがやってきて音環境を良くしていること。(パフォーマーは公園における静の時間ではなく動の時間を提供している)
人々がどう生きたいかどう生活したいかの意思がそこにある。

日本での公園の過ごし方を思い出してみる。
ただミドリとベンチだけがあってそこから一歩先、心から楽しめていない。
日本にはもともと「広場」という概念がなかったからしょうがないかもしれないが、これからの日本はニューヨークのような公園を日本向けに洗練させて発展していくのだと思う。

見えないパリ
この街はジョルジュ=オスマンによるパリ改造のシンメトリーを基礎とした放射状平面が強く街の下に引かれている。それは19世紀のことであるが、21世紀の今でもその平面は強くこの街を象っている。その平面の上に存在する街は、エッフェル塔から見れば、高さが一定で壮大なスケールを持って風景を作り上げる。
この街は1区から20区までの行政区からなるコミューンであり、セーヌ川を中心として渦巻き上に配列されるが、一般的に言われる「5区は学生の街」などといった各行政区の特徴はその建物の全体像からは印象を得ることは出来ない。むしろ建物は一部の極端な場所の差異(貧富の差による偏りなど)を除いてはどこへ行ってもほとんど変化はない。
つまり、この各行政区を特徴付けているのは特異な建物(エッフェル塔、凱旋門、ルーブル宮などの超有名な観光名所)とそれに対応する交通、そして人間の活動である。その超求心力は極端な場の変容を見せる。

「見えるパリ」

この街はギュッと凝縮された1つのファンタジーの様で、外に対しての興味というか、周辺の街や世界との積極的連続性をあまり感じることは出来なかった。むしろ観光客やバイヤーが世界に広めてくれることもあり、自分たちのパワーを自分たちの表現に注いでいるというか、あまり対外的にエネルギーを消費していないようである。おそらく観光産業もある程度極まった状態にあるのではないだろうか。
1977年にポンピドゥーセンターが出来て、パリの芸術の中心の建造という内向的意味と同時に、政府が資金援助をするなど、アートやファッションなどその外観同様、「創造の街としてのアイデンティティの強化」といった対外的、政治的意味を含有し「見えるパリ」の建造をした。おそらくその中心は新しいシンボルとしての役割を担っていた。今現在でもその役割は衰えてはいないが、自由で拡散的なアートのあり方からすると若干ミスマッチな面も出て来ていて、その求心力やキュレーション力の強さを除いては美術館としてと言うよりはむしろパリにぽっかり出来た広場としての意味合いの方が強い様に感じる。

溢れ出す「見えないパリ」

しかし、それでもパリの経済は観光産業が大きな位置を占めているであろう。むしろ、そうでなければこの街の流れが全然見えてこない。19世紀以前の古い建物が多く存在するこの街で(7分の3はオスマンのスクラップアンドビルドによって変わっているが)何が起きているのかわからないのである。ただでさえこの街の建物は路面から一線おいて中庭形式の奥行きのある設計をしているからなおさらである。
僕が滞在していた5区place monge付近では僕の借りていたアパートを含め、建物は中庭を持ち、2階以上はレジデンスとなっている。通りの幅はせいぜい5mくらいであったので通りの反対側の住宅との距離感は通りに生活感をもたらし、その路地や足下との臨場感は非常に楽しい。しかし特異な建物などがある通りの大きい地域では2階以上のフロアはどっと中へ閉じこもり、外からは何が起きているか住宅なのかオフィスなのか皆目見当もつかない。交通や通信が速度を上げる中で、人がその体内の時間を早める中で、この街の姿はあまりに静的である。まるで皮膚と細胞であり、それは僕にはその内成るエネルギーがあまりにもぐるぐるとして奇妙であり、少し怖かった。
そして何よりパリの人々である。処狭しと並べられた鳩の糞を踏んで歩くお洒落なパリっ子達を見るときれい好きの日本人からすれば不思議な光景である。しかし、その我が道を行くエネルギーがパリには眠っているのであり、この街が世界的な都市である所以であろう。

はたして建築に何が出来るだろうか。エッフェル塔から見た風景を先述したが、この街にはもはや敷地となり得る空き地がほとんどない。この時点でビルディングの設計は厳しい。スクラップアンドビルドによって新しいビルディングを投入する方法も無くはないが、シックと普遍性が美意識に根付くこの街の人々にその大スケールでの消費行為はあまり受け入れられないであろう。これが受け入れられるのであれば街並はもっと違うものになっていたはずである。むしろこれから重要に成ってくるのはこの街で唯一「見えないパリ」と「見えるパリ」の繋がりで、視覚的にその接点は建物の足下である。街に引かれたオスマンの線とそこから立ち上がった無数の建築群はこの街の地形として新しく解釈されるべきで、その地形の麓を総括的にデザインし、不均質な秩序を創り上げることがアーキテクチュアとしての役割で、それは場と現象の設計である。このテーマは生活の質を大切にするパリの人々は背負って行く運命なのかもしれないと思った。

少なくとも僕はこのパリが持つ独特の緊張感はこの街の「見えない」エネルギーであり、僕の想像力を活発にしてくれる様な気がして好きである。
ニューヨークと東京
NYはグリッドというプランに、金というプログラムの上でドライブされ続けている。グリッドは、その場所をより顕著に引き出し、表面に浮かび上がらせる。グリッドによるプランはNYの立面とも断面ともとれる、装飾、マテリアルという極小のスケールから建築のファサード、ボリュームという建築単体のスケール、さらには建築群という、建築単体ではなく建築が群れをなして初めて現われるスケール、超スケール(日本では感じることが不可能とも思われる)を横断し、まるでイキモノの体内に放り込まれた感覚さえ催す。そのグリッドから繰り出される、垂直方向への暴力的なまでの欲はこの都市を埋め尽くし美しく昇華させた。生物の体内をどこまでもどこまでもいってもそれは表面でしかないようにこの都市をどこまでも歩いても表面を歩いている感覚に陥る。
 この都市に抜けはあるが奥はない。とてつもない刺激と人との接点はあるが、日本である時、息を呑むような奥というか、狭間のようなものを感じることはなかった。ニューヨークは何もかも可視化されている。
 ネットという仮想現実の中だけだと僕が思い込んでいたものがここでは可視化されている。グリッドは検索機能のように都市を整理し、地下鉄はページをジャンプするかのごとくその場所にぼくたちを運ぶ。この都市に陸を走り都市を分断する鉄道はない。そしてそのページとページの間の界隈にこの都市の人々は住み着く。その検索機能とジャンプ機能を使う人はふれることがない世界に住み着く。そしてその緩衝帯がこの都市をつなげていく。
 丸の内とマンハッタンの比較は可能であるのか。マンハッタンは東京という人々が抱く都市象と比較しなくてはいけない。東京の中の丸の内という場所性、マンハッタンのウォール街といったように比較をしなくてはいけない。その場所がどうあるべきで、どのように他の場所とつなげていくか。日本はマンハッタンより非常に複雑だ。日本の親切心はフラクタル的に信号から何からなにまで、複雑にしていくし、高速道路から鉄道、地下鉄までひとつの都市に入れ込んでしまう。音さえも地下鉄のアナウンスに代表にされるように親切心にジャックされて都市に放出される。しかし日本の本当に興味深いところは、そんな親切心と同時に誠実さも備え持っていることだ。いままで記してきた飽満状態の都市にさらに植物までぶち込もうというのだ。そんな極小スケールでの親切心の表面化の飽和に対し、建築というスケールがニューヨークのような建築群を創造した暁にはカオスの現実化が待っていると想像するのは僕だけだろうか。このことから日本は、ニューヨークと全くベクトルの向きが異なる建築象それは、奥性、混在併存、都市の内包、自然、原始とむかっていくのではなかろうか。しかしこの表面化の逆であるともいえる裏、或るいは奥をつくりだす手法は日本の建築の内部空間とその外部空間を決定的に刺激的でなくしているのではなかろうか。東京の建築は都市に対して裏をつくりだし譲り合ってきた。ニューヨークの圧倒的刺激は建築群という圧倒的超スケールにまでその表面性が横断していることにあるように思えてならない。そしてMOMAの有する庭はそのニューヨークのど真ん中に裏をつくりだした。ニューヨークの象徴ともいえるアーカイブの実体化のビルディングの中から眺めるその庭とニューヨークの都市の関係、つまりその圧倒的なスケールでの裏と表の関係こそがアーキテクチャーであると痛感させられたのだ。ビルディングという単体のなかだけではおわらない関係、そんな郡の関係性こそをつくり出すもの、それがアーキテクチャーであると。日本はそのアーキテクチャーをひとつの建築のなかで巧みにつくり出し続けてきたが、今まさにそれを表面さらにその向こう側まで創造しなくてはいけないのではないだろうか。極小の表面と超スケールのインフラにおけるボリュームの表面化に対抗しうる刺激的な建築の表面化が必要なのではないだろうか。その行為こそが、東京を刺激的にする。

そして僕はニューヨークの刺激とは全く異なる感覚を丸の内と皇居の界隈で体感した。一見セントラルパークとミッドタウンにも似た構成のこの場所に、思わず息を呑む空間の狭間、表と裏の捻れのような時間がとまってしまったような感覚に頭が奪われたのだ。それは堀口捨己氏の小出邸での感覚に似ている。あの感覚はなんなのだろう。
NY・TK
NY・TK

・単純都市のNYと複雑都市のTK

 1807年、マンハットン島にグリッド都市が誕生する。NYの誕生である。NYはそのあまりの単純さゆえに、また厳密な絶対的ルールゆえに世界一への都市へと変貌していく。画一的に決められた2028個のグリッド単位はその島の大きさを人々に視認させた。マンハッタン島の適度な大きさ、グリッド構成はこの都市で反映するためには垂直に発展していかなくてはいけないという意識を人々に明快に植え付けた。こうして今のNYの原型は生まれた。2010年現在のNYはグリッドという単純なカタチに関わらず様々な人種や文化などで細かく細分化され実に多様な都市となっている。歩いてくたびに光景が変わるほどに多様な表情を見せるNY。その唯一無二な世界都市を作りだした背景にはグリッド都市という都市構造そのものが大きく影響している。

 世界で一番複雑だといわれているTK。皇居を中心とした環状型都市。これはヨーロッパの放心円状方都市と比べても極めて稀なケースである。(北京なども見るとアジア的都市の特徴と言えるかもしれない。)しかしNYはグリッド都市と一言で言い切れるがTKの場合はそうもいかない。そこに様々なレイヤーが組み合わさってくる。1958年東京都が策定した7か所の副都心がある。それが新宿、池袋、渋谷、上野・浅草、錦糸町・亀戸、大崎、臨海部である。この各々には当初役割が定められていた。池袋が演劇の街、渋谷が映画の街、といった具合である。また環状都市といいながらも道は画一的ではなく、日本人ゆえにか様々な小道、「奥」を持った道が誕生する。それらの要素が今日のTKを複雑都市としている。
 
 どちらも世界的大都市であるがその都市構造は真逆と言っても過言ではない。さてTK人とNY人はよく発想そのものが違うと言う。それは民族性だけによるものだろうか。それも確かにあるがそれだけとも言い難い。都市構造そのものが人々に与える心理影響も多々にある一面もある。なぜなら生活の全てをそこに身を置くわけだから毎日目から入ってくる都市の構造は人々の発想までも変えてしまうからだ。NYのその単純な形態。奥がなく表層だけに留まり直進を促す道は人々にストレートで大胆な思考を植え付ける。そこに英語と言う直接的なコミュニケーションツール、多民族であるがゆえに「暗黙の了解」のない事が我々日本人から見ればとても大味な感じに見えてしまうのも無理はない。対するTKの環状都市、奥性、単一民族という構造は繊細で丁寧な思考として出てくるのである。卵か先か、鶏が先かは分からないがNYがグリッド都市で単純構成であることTKが環状都市で複雑都市であることとNY人の思想、TK人の思想との関係は非常に関係があることが分かる。どちらもその都市に身を置くことで潜在的にその思想が増長されているのは明らかな様である。

・垂直都市NYと平面都市TK
 
 マンハッタン島の大きさ、グリッド構成から垂直に繁栄せざる負えなくなったNY.。垂直に繁栄されるゆえに足元の空間は豊かになった。足元の空間は広い意味での公共空間である。一つとして私的空間として使われているところはない。だからこそNYはどこまでも歩いて行ける。どこを歩いても何かがあって面白い。しかし逆に足元以外の空間にはそもそも空間というものがあるのかすら不明慮なほど何が行われているか分からない。そこには住居であったり、オフィスであったり私的なモノが詰められている。それが分からないのは僕が旅行者だからというわけではあるまい。NY人にとっても自分のいることを許可された建物のそのフロア以外そこで何が行われているのか分からないのである。それはNYが基本的に昔の建物のリノベーションで構成さておりファサードと内部空間が乖離していることが原因にあげられる。つまりNY人にとっても誰にとってもNYという都市は足元だけが都市であり、足元以外のあの異様な高さを誇る塔たちはただのヴォリュームであり、ファサードであり、影を生み出す存在にすぎないのだ。その明確な垂直構造が都市を圧倒的にコンパクトにし、濃厚な時間が漂う都市になる。コンパクトゆえにNYは画一的になるのが防ぐことができた。それはどこからでもどこにでも簡単に早くアクセスできるからである。
 
 TKは様々なレイヤーが入りこむことで全体が把握できない構造となった。よって法規的にも決して優れたものではなく変てこな都市になった。例えば私たちがTKを観光しようとした時に東京中を歩くだろうか、NYならそれは可能だがTKではまず不可能だ。それは公共空間と私的空間が平面的に隔てられていることに原因がある。TKを観光するならまず東京駅に行って、渋谷駅に行って、上野駅に行って、と基本的に駅を中心としたルートになるはずである。それはそこが一般に開放されている地区だからである。その地区は全てが公共空間だから垂直にもそれは延びて圧倒的密度となる。またそれ様に建築を新築されていくので外部と内部の関係が見えやすい。(ショッピングセンターは巨大な資本主義から生まれる箱だし家は小さい一軒家だ)それがTKを面白いと言わしめる原因だろう。しかし渋谷駅でも繁華街も抜けて10分も歩けばそこは住宅街である。そこは私的空間であって用のないもの以外入ってはいけないという「暗黙の了解」がある。つまりTKという都市は副都心を中心としたサテライト都市なのであって、駅前繁華街の集合体なのだ。公共空間を都市とするならば穴ぼこだらけの都市である。するとどういう結果が起きるか。その一つの繁華街で全ての機能を集約しようとする。その時活躍するのがチェーン店である。昔の東京政策で副都心には性格付けがされていたが今やそれは失われつつある。その主な原因はチェーン店、フランチャイズによるところが大きい。今やどの駅前も同じ店が並んでいる。そうすることでサテライト都市は各々で完結しようとしている。
 
 NYは一つの塊として都市、それゆえの多様性があるのに対し(民族のすみわけの影響が大きいことも重々承知だが)TKはサテライト都市として小さい繁華街の集合体である。(単一民族であるがゆえに同じになろうとしている心理が働いている一面もあると思う)これの原因はやはりさかのぼってみると都市構造にあると言える。つまり垂直性と水平性である。NY人の大味な発想は全体のグリッド都市を成功に導き、TK人の繊細な発想は各々の繁華街を一つの都市に押し上げてしまうことに成功した。ここまできて言えることは法規が与える影響である。都市を造るにあたっての法規は決定的に重要である。法規は都市の箱としての許容力を造りだす。NYはグリッドという絶対的ルールを造ったがその単純さゆえに垂直に増殖的に繁栄していった。対するTKは細々した法規がその地域ごとに様々な形態を生み出した。にも関わらず全体的にみると画一的に見えるのは興味深い。

・大人用都市NYと子供用都市TK

 よく外国の子供は大人っぽくて実際の年齢を聞くと驚くと言うケースを聞く。また逆に外国人から観たら大人の日本人も子供のように見えてしまうことがある。それは単に体型などの違いによるものだけだろうか。いや、そう単純なものではないらしい。NYは概して言えば大人のために作られた都市である。そこで子供が頑張って生活しているという感じである。例えば道路の渡り方一つを見ても顕著である。信号はNYにもちろんあるがNYではそれはどちらかというと目安に過ぎない。赤信号でも皆どんどん渡っている。またアメリカのNYでの教育理念は「金を稼げ」である。これは我々から見たら露骨過ぎて汚いことに見えるかもしれないが実際はそうでもない。お金を稼ぐことは生きる上で重要である。生活の質が高い人も、有名なアーティストも、世の中もよく変える人も、ボランティア基金に関わる人もお金がある。これはお金を稼ぐことを目的とした結果、世の中に貢献しているというケースが実際は社会を支えているということは真であるからだ。正しいかかどうかは別にしても世の中の人はお金を持っている人の声しか聞こえてこない。NYはコミュニケーションにあふれている。人間くさい都市である。そこの根底思想に「金を稼げ」があるという事実を忘れてはいけない。この考え方こそがNYを大人用都市たらしめているのだ。キレイ事ばかりの都市でない。しかしだからこそ本当に子供のことを考えたものができるし、人の求めていることができる。この思想は全てに対して全力でやるという姿勢を与えている様な気がする。またNYには余計なものをあまりない。親切すぎるサインや、どこに行っても流れてくるBGM、そんなものは存在しない。あるとしたらそれは駅や広場などから聞こえる生演奏である。NYはTKよりずっと静かだ。それがまた能動的に社会に生きることを促す。

 対するTK。日本の教育では「金を稼げ」などそんなことは教えてくれない。社会に急に出たらいきなり突きつけられる。その様な社会が今日の日本であり、馴染めないような人がいつまでも子供でいるのも日本である。よってヲタク文化などの近年の日本を象徴する流れも子供社会の延長として誕生したという一面も充分に考えられる。TKは情報にあふれている。親切すぎるサイン、受動的にさせる広告群、どこでもかしこでもBGM、考えることを止めてもただ都市に流されていくことも可能であるほど親切である。(これは決して本当の親切とは呼べないと思うが)断わっておくが子供用都市は子供にとって分かりやすい、親しみやすい都市ではあるが子供のために本当にデザインされているわけではないので子供にとっても生活しにくいという現実がある。どちらかというと大人を子供にしてしまい操作にしてしまおうという野望が都市そのものにあるかの様である。そうしてTK人は受動的に都市に漂流することになる。

 この二つの対比はしかし都市構造に起因すると考えることもできる。それはNYが単純都市であるがゆえに都市を把握でき自分の位置をその中で見つけ出し生きていくという能動的行動であるのに対し、TKは都市構造が複雑ゆえに把握できなく細々デザインされた都市の部分に影響され受動的にならざるおえないという事態である。結論から言えば民族的思想は都市空間の構築にも寄与し、また都市空間の構築も民族的思想に影響を与えているということが言えそうである。
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